2011年4月アーカイブ
Goaの最終日です。朝食を食べに散歩しましたが
ほとんどの店は開いてません。ゆっくり始まるようです。

ハンドルとタンクの間にスイカ! Goa スタイルです
路線バスも慣れたので、この日は Old Goa に行きました。

Goa の人々に お勧めを聞くと、みんな Old Goa と言います。
とても落ち着いた歴史を感じる場所です。
まずは Basilica ob Bom Jesus(ボム・ジェズ教会)に行きました。

ここには教科書の落書きランキングでトップ3入りするだろう
フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されています。
とても重厚感のある礼拝堂。サリーを着てキリスト教の
礼拝をする人々が見れるのはインドだけでしょう。

上部の銀の棺の中にザビエルは眠ります。
クリスチャンではないのに妙に感動します。
あの気持ちはなんだろう?

その昔、熱狂的な女性信者が遺体の足指を噛み切って
持ち去ってしまったようです。そのため現在は上部に
安置され10年に1度だけ公開されます。次回は2014年。
棺を調査したときの写真。ミイラ化したザビエルが見られます。

キリストもいます。手と足に杭を打ち込まれています。
「ここまでされても信念を貫きとおしたのだ」と感慨します。

これを見ると、模型とはいえ世界の35%がキリスト教徒で
あるというのも納得できます。
近くには Se Cathedral(ス・カテドラル)があります。
礼拝堂内の巨大なシャンデリア!

ザビエルの他に、ゴアはヨーロッパからインドへの航路を発見した
探検家 バスコ・ダ・ガマ が亡くなった地としても有名です。
彼の名前がそのまま地名として残っています。
昼食は Basmati rice と Praws fry。

あいかわらず来るまでに30分位かかったけれどおいしかったです。
PANAJI(パナジ)に戻りました。
夜に Mumbai(ムンバイ)に向かうのですが6時間くらい時間潰しです。

町を散策すると珍しい自転車を発見。マウンテンバイクに属すると
思うのですが、キャリアがフレームと一体化されていたりコラムが
妙に長かったり。暇な自転車好きにしかわからないネタです(笑)
頭載せスタイル。背筋が伸びていいですね〜

ブルドーザーと思いきや、後ろがバックホー。通称サソリと命名しました!

暇な土いじり好きにしかわからないネタです(笑)
その後、ゴア州立博物館に行きました。

この日は夜行バスなのでシャワーを浴びれません。
本当は博物館を見学するためでなく、ペットボトルに体を洗うための
水を補給する目的で行ったのですが、ゴアの歴史がわかる良い場所でした。
印刷機やタイプライターなど年代物が展示されています。

昔も今も変わらない ゴアの魚売りスタイル。

夜行バスで Mumbai(ムンバイ)へ

ありがとう GOA !!
夜行バス内では隣りのおばちゃんとバトルです。
薄着なのですが、サリーを被って冷房を全開にしてきます。
僕は寒くなっては起きて冷房を停めるのですが、再び寝ると
冷房は全開にされてます。「なぜ サリーを脱がない!?」
イタチゴッコは Mumbai(ムンバイ)までつづきました。
そろそろ Mumbai(ムンバイ)に着くはずなので添乗員に聞いて
みましたが、あまり英語が通じません。
終点はバスターミナルのはずですが 少し不安でした。

不安は的中しました。最終的に降ろされた場所は
バスターミナルの北 40kmの Borivali(ボリバリ)という町らしいです。
しかし ここから「人の優しさを感じる1日」が始まりました。
まずは僕と同じようにどこかわからず降ろされた 金(KIM)さん。

彼は韓国で数学の教師をしているようです。
英語が堪能なので一緒に駅を探し、難なく電車に乗れました。

車内は数えきれない程の吊り輪!

通勤時間でしたが 幸い日曜日だったので助かりました。
この後 金(KIM)さんはトルコに行くようで空港のそばの駅で
降りて行きました。別れ際にマンゴーをもらいました!

メチャうまです!
目的地であるチャーチゲート駅に着きバックパックをクロークに
預けようとしましたが、この駅にはありませんでした。
10kg はあるので重いですが、背負って観光することにしました。
靴磨き屋のから体重測定屋まで インドは様々な職があります。

ムンバイのオートリクシャーはカラーリングがかっこいい!

ムンバイ大学のグランド。とても広いです。

クリケットが大多数を占めます。

日本ではマイナーなスポーツですが、インドではナイキも
参入している超メジャースポーツです。
しばらく歩くと日本語で声をかけられました。
しかし巧みな日本語で話す人には注意していました。

見るからに胡散臭そうな Micheal。
この日は エレファンタ島を目指していたのですが
「あそこは良くないから行かない方がいい」とか言うし。。。
しかし重そうなバックパックを見て「美術館に行こう」と。
美術館に行く予定はなかったのですが一緒に行きました。
そしてガードマンと交渉して無料で預かってもらえることに
なりました。30℃を越える気温の中、10kg の荷物がなくなって
相当に楽になりました。 ありがとう Micheal!
でも Michealの言葉を無視してエレファンタ島へ(笑)

ムンバイのインド門裏から船は出ます。
エレファンタ島に向けて出港!

海軍の大きな船が見えました。本当は撮影禁止です。

どこに行っても日本人に興味があるようで写真を撮ってと言われます。
でもなぜ僕のカメラで貴方たちの写真を!?(笑)
エレファンタ島に着きました。

前を歩いていた観光客のミネラルウォーターを奪って飲む猿!
またマサラドーサを食べました。うまいよ〜!

インドでは食後に香辛料のような物を出す店が多いです。

島に着き30分位歩いてメインである石窟の入口に到着すると
おばちゃんたちが集まってきて「バクシーン」

バクシーンとは施しにチップのような意味を含めた言葉で、
与えた者は徳を得るとされます。
そして与えられた者は、その功徳に貢献するために
「ありがたくいただく」というより「貰ってあげるよ」
という感覚に近いらしいです。
日本人の僕にはその文化が理解できず、断ると怒ってました。
信仰の深い国ならではの文化ですね。
エレファンタ島の石窟は6〜8世紀の作でシバ神を祀られています。

多くがポルトガル人によって破壊されてしまいましたが、
第1窟のみ免れられました。
素晴らしい彫刻は世界遺産に登録されています。

ヒンズーの神々が壁面を埋めています。

シバの三面上半身像

出入口の石像の頭の上に鳩が止まっていました。
何か良い感じがします。

そのまま岩山を削って造られています。

地元の人にとっては憩いの場でもあります。

破壊されてしまっている石窟

とても残念ですが、これも歴史です。

一番奥の石窟はもはや洞窟。

インド人の家族に声をかけられました。

ランチをご馳走してくれました。

オカラのような感じ

スイーツとは違うマイルドな甘さ。インドで甘い物は新鮮です。

牛は観光客に突進してモロコシを奪ってました。

エレファンタ島をあとにしてインド門に戻りました。

左は世界有数のタージマハルホテル。
暑いインドではさっぱりとした柑橘系のジュースが美味しいです。

インドは年間800本以上も製作される映画王国。
町中で撮影していました。

楽しかったインドもいよいよ帰国です。お金が少なかったので
ムンバイから空港まで電車で行くことにしました。

電車内では乗客が入れ替わり、そのたびに話しました。

空港までの行き方も教えてもらいました。みんな笑顔は共通です。
空港のある Andheri(アンデリ)駅に近くなるにつれ混んできました。

出入口付近はとても混んでいてとても出入りが困難です。

彼らがアドバイスをくれたので、混んでる電車から降りることが
できました。
ちなみに電車は人が溢れています。

テレビで見るインドの電車そのままでした。
空港行きのバスを探しましたが、またまたヒンズー語。

するとジロジロみる小学生くらいの子がいました。
スリの可能性もあるので警戒はしていたのですが、一緒に
空港行きのバスを探してくれました。
バス内はヒンズー語。英語を話せる人を探すしかありません。

ムンバイから空港までタクシーだと Rs400 = ¥800 かかりますが
電車とバスならわずか Rs13 = ¥26。
ムンバイ空港は工事中です。

こんな所を通って出発ロビーに行きます。

怪しすぎて通り過ぎてしまいました(笑)
飛行機は夜中発なのでトイレで体を洗うつもりでした。

しかし先客でイスラムの方々が洗ってました。国際線のロビーで
裸になっていました!僕も混じって洗いましたが、後方には
ずっと警官とガードマンが見張っていました(笑)
国際線のロビーで礼拝もやっていました。

出国手続きをして、夕食はアメリカ人のフォトグラファー
Mikeさんと一緒に食べました。

今回の旅で夕日が上手く撮れなかったことや、大衆向けで
旅に適したカメラを探していることを言うと、いろいろと
アドバイスをしてくれました。

ちなみにアメリカでは Nikonをナイコンと発音するようです。
NYの展覧会に出店するようで、カンボジアの写真などを見せて
もらいました。一瞬の人の表情など味のある写真でした。
最終日は沢山の人に助けられました。本当に困っているときは
何かしらの方法で手が差し伸ばされると感じました。
下はエレファンタ島で1人の子供に「写真を撮って」と言われ
遠くから続々と子供たちが集まってきた時の写真です。みんな
笑いながら走ってきた顔は忘れません。最高に嬉しい1枚です。

「インドは呼ばれた者だけが訪れることのできる国」
「大好きになる人と、大嫌いになる人が二極化する」
そんなセリフをよく耳にします。
食あたり、カースト制度、ボッタクリ、あてにならない時刻表、
また最高40℃になるという気温など、出発前は不安要素がいっぱいでした。
不安になればなるほど、更に不安を作って悪循環になっていました。
でもインドと日本の基準は違います。文化の違いは当然です。
好き嫌いになるのも、自分の心構えしだいです。
普段の価値観をその土地に対応させれば全く問題ありません。
あえて言うなら世界共通の価値観は笑顔のみです。
たくさんの思い出をありがとう! 行って良かった v(´∀`*v)
翌朝、前日に知り合いになったロシア人に会い、
「今日は何するの?」と聞かれました。
バイクで近くを散策することにしていたので「run away」と
答えました。すると一瞬 間がありました。
英語に堪能の人なら気付いていると思いますが
「run away」は「逃げる」という意味です。
おそらく「run around」「走り回る」が正解だったと思います。
シーズンオフの GOA の朝はゆっくり始まります。

牛もマッタリ
この日は少し南下して Baga Beach へ

田舎道を通って

牛に囲まれた道を通り

ニワトリを横目に見ながら

工事現場に。少し道に迷いました。

でも前日のハプニングがあったので、これくらいは平気です。
しばらくウロウロしていると「バガ」「バガ」って叫びながら南下する
インド人を発見。尾行すると、、
Baga Beach に到着。 インド人、ナイスアシストです!

シーズンオフでも賑やかなバガビーチ。インド版の伊豆 !??
「バナナボートに乗らないか?」「ジェットスキーに乗らないか?」など
勧誘がすごいですが、無視して1人波と戯れました。(31歳 男性 日本人)
一人で泳いでも空しいので、海の家へ。

GOA の地ビール KING'S。
少し休んでから、静かな海に行きたいのでもう少し南下。

メイン通りから外れた Calangute Beach の端に来ました。

こういう現地人の生活感のある船がいいんですよ!

裏では婆ちゃんが干物を作ってました。

その後は Goa のお気に入りスポットの Chapora Beach を目指し北上。
インドの道は いたる所にスピードブレーカーという
スピードを抑制するコブがあります。

こんな風になってます。3連コブバージョンもあります。

GOA はお金のないヒッピーからお金持ちまで楽しめるスポット。

プール付きの南国リゾートもあります!
途中サトウキビジュース屋がありました。

甘めのショウガジュースです。

店によって味は様々です。
南国の道をノーヘル 60km/h で気持ちよくバイクに乗っていると

怪し気な小屋にバイクが並んでいました。
LITTLE HOTEL って看板ですが「完全に小屋でしょ!」ってツッコミたいです。

それにしても 魚とカレーはうまそう。入ってみました。
みんな僕を目だけで見てます。マズい雰囲気 (;・∀・)

そのうちの一人が「ターリー?」というから「YES」というと
メチャうまそうなターリーが出てきました。

しかもRs40 = ¥80 で超大盛り!
ローカル色全開なので、もちろんスプーンなどありません。

カレー食べ方講座(スプーン無し版)
1.ご飯を集める(掴みやすくする)
2.掴んだご飯をルーにつける(日本と違い、かなり液状です)
3.絞ってから口に入れる
4.手に残ったご飯は振り払う(パラパラと落ちます)
基本的に右手のみで この繰り返しです。
オーナー。通称インディアン・ジョー(名付けました)

かなりの巨体であまり喋りません。
ほとんど英語も通じないですが優しさが伝わってくる人です。
腹が満たされて、更に北上しました。

GOAはインドの中でもとてもキリスト教に信仰が深い地です。

いたるところに十字架があります。
何本か もののけ姫に出てきそうな木がありました。

常に実のような物が落ちてきます。生きてるって感じます。
インド版DOCOMO。TATAグループと資本提携しているようです。

Chapora Beach に到着するとトランスが聞こえてきました。

あまりトランスは好きじゃなく、耳障りなことが多いですが
のんびりしたビーチに何故かマッチするトランス。
これが 一世風靡した GOA TRANCE のスゴさなんでしょう!
浜を歩くとジャンベマンが寄ってきました。
マンゴーの木でできた両面太鼓を見せられました。
「Rs1200 = ¥2400」と言われました。
「今はRs200 = ¥400しか無いよ〜」と言うと
「じゃあ電化製品と交換しよう」と。
「そんなこと言っても何も無いよ〜」と言うと
水着のポケットをチェックされました。
スクーターのメットインに入れてあったので、浜では
本当に何も持っていませんでした。
「じゃあ Rs700 = ¥1400」と値下げしてきました。
「そんなこと言っても 今はRs200 = ¥400しか無い」と言いました。
「じゃあ Rs500 = ¥1000」と更に値下げしてきました。
途中 諦めてどこか行きましたが、何だかんだで帰ってきて
けっきょく20〜30分着いてきてました。
すると とうとう折れました。
Rs1200 = ¥2400 → Rs200 = ¥400 になりました。

さすがに 83%OFFは堪えたらしく落ち込んでいるように見えました。
たぶんローカルプライスくらいにはなったのかもしれませんね(笑)
その後ゲストハウスのある Anjuna Beach に戻りました。

散歩するとマッサージハウスがありました。
僕も伊豆とかで鍼灸の家やろうかな??
チャリティパーティの告知がありました。

今回のインドで外人に100%聞かれることは津波のことでした。
日本人である僕が話すと みんな真剣に聞いていました。
本当に「世界中の人々が見方なんだな」って感じました。
今日という1日が終わります。

牛も同じことを感じているのでしょう。

夜中に断水がありました。

インドではバケツに水を貯めておかないと大変なことになります。
次の日はゴアのメインとなる PANAJI(パナジ)に戻ります。
朝 荷物をまとめて、まずお世話になった ウィナヨクに挨拶

そして美味しい料理を出してくれた BABA GUEST HOUSE のオーナー
シロドカーさんにも挨拶。

サンクスです!
その後 バス停で待つこと30分、時間どおりに進まないインドなので
気長に待っているとバイクタクシーの人が話してきました。
「今日、ここの地域はストライキだよ」
実はちょっと前も同じことを言われましたが疑っていました。
バイクタクシーは割高だけど、PANAJI(パナジ)行きのバスが出ている
Mapusa(マプサ)まで行きました。
こんな小屋みたいな所がチケット売り場です。

バス停はとても人が多いです。
予想はしてましたが、チケット売り場にいる ほとんどの人が乗ります。



運転席に荷物を置いてくれて、屋根じゃなかったことに安心しました。
PANAJI(パナジ)では同じゲストハウスに泊まることにしました。
荷物を置いて疲れていたので昼飯を食べようと店を探すと

ココナッツ屋がありました。

まずは中身を飲みます。甘さ控えめ。
そのあと豪快に割ってもらいます。

硬めな豆腐みたいな感じ。

あまり美味しくはないけど何故か食が進み元気が復活!
その後、バス停に移動。露天商の人たち暑そうです。

犬もコンクリートで涼んでいます。

こんどはパナジからを Margao(マルガオ)目指します。

Margao(マルガオ)に着き、更にバイクタクシーで移動します。

現地の地図に載っていて気になっていた Ancestral Goa に行きました。
Big Foot の伝説が残る場所と記載されていました。

入ってみると Goa の歴史のテーマパークのような感じです。

ちょっとクオリティは低めです。

全世界共通の写真スポット。それにしても果物とは(笑)

いよいよ Big Foot のようです!

以外に Small Foot ??

スタンスは広めです(笑)

絵を見ながら説明が流れます。

Big Foot !!

足跡は シバ神の方を向いています。

もう少し本格的な所だと期待していただけにイマイチです(笑)
さらに奥には World most dangerous animal が!
低クオリティな作り物だろうと進みました。

期待以上でした! まさかの鏡です(笑)

ちょっとオブジェはオシャレです。指から水が出ます!

Big Foot は背が低め !??

少し呆気にとられた Ancestral Goa を後にして、帰りのバス停に
向かいました。

とちゅう 床屋がありました。客は口を開けて寝ていて、店員は右側で
寝ています。さすが南国は陽気です。窓もドアも全開!
ローカルなバス停なので英語が通じない。

地元民しか乗らないのでガラガラです。

Margao(マルガオ)のバス停に着くと、来た時と雰囲気が違いました。
Margao(マルガオ)にはバス停が2つあり、違う方に着いたようです。
インドのバスには集金をする添乗員みたいな人がいて
その人に教えてもらい、来た時のバス停に行きました。

無事にゲストハウスのある PANAJI(パナジ)に到着!

近代的なビルも立っています。しかし足場は木で組んであります。
Goa にはキリスト教の人が多く礼拝しています。

町中には有名ブランドの店が並びます。
写真は違うけどインドでは Reebok がメジャーかな?

常に接近戦のインドでは やはり事故も起こるようです。

川沿いから見える Goa の夕日

川沿いで見える 寝る人。寝返りすれば川に落ちます(笑)

Goa といえば海の幸。市場に行ってみました。
魚介類が所狭しと並んでいます。

肉もあります。

鶏が売れたようです。

野菜から果物、さらに日用品まで何でもあります。
とても活気がある Goa の日常です。

あまりの広さに迷いそうになるので夕食を食べて帰ることにしました。

やっぱりカレー。不思議に食べたくなります。
インドでは1日2食くらいカレー類を食べました。
一昨日の炭酸のないビールの影響か?腹をこわしました。
次の目的地は GOA(ゴア)。空港には3時間以上前に着き
まだチェックインが始まっていなかったので待機していました。

しかし電光掲示板をみると2時間半前にチェックインクローズと。
慌ててチェックインしました。出発も12:35なのに搭乗券を見ると
12:00になってました。
インドの時間は遅くも早くもなるので大変です。
インドの格安航空会社のGoAir。機内サービスは有料です。

全席エコノミー。前の席との間隔はせまい。

ターバンの中には何が詰まっているのだろう??

ゴアに到着。蒸し暑い!

バイクタクシーで ゴアのメインとなる PANAJI(パナジ)に移動します。

ヒゲが伸びてきた!!
ローカルな道を通り

いかにも南国な家の前を抜け

広大な景色を見ながら

パナジのバスターミナルに着きました。

まずは帰国する空港があるムンバイまでの電車チケットを購入するため
時刻表を見に行きました。

すると日本人ぽい人がいたので「日本人ですか?」と尋ねました。
清水 研くん。通称シミケン

お互いチケットの購入方法がわからないので少し休憩しました。
昨年の9月に世界一周に出発したようです。
しかもビール大好きな同じ昭和54年生まれ!!
家族を愛す とても優しい男です。
「 "世界一周なんてあっという間だよ!" ってよく聞くけど、
あと5ヶ月もある。実際は長いよ。」って言ってました。
現在進行形の彼の言葉は説得力があります。
その後、もう一度 電車チケットを買いにいきましたが
キャンセル待ちで、別の駅に行かないと買えない事がわかりました。
なので予定変更でバスチケットを購入しました。

「本当にここで買えるの?」って思えるバスチケット売り場(笑)
ゴアはバイクの町。

バイク用の駐輪場もいっぱいあります。

ゴアの街並

もともと旧ポルトガルの植民地だったので、ほかのインドの町と
違って西欧的な雰囲気です。
シミケンくんと同じゲストハウスに泊まり、一緒に夕飯を食べに行きました。

マサラドーサ。春巻きの中にカレー味のイモが入ってます。ウマい!
ゴアはインドの西海岸沿いの町です。
アラビア海に沈む夕日はとても綺麗です。

暗い町に明るい太陽。夕日を撮るのは難しい。
その後は飲みに行きました。

ゴアでよく見られるデンマークのビール TUBORG
軽めでウマい! ゴアは酒税がかからないので安い。Rs40 = ¥80
ゲストハウスに帰っても楽しい話は続きました。
次の朝、ゲストハウスを出発です。

インド人は外人好き?? 5枚くらい撮りました(笑)
シミケンくんと朝食へ

何となくシンガポールヌードルを食べてみました。
来るまではドキドキしますが、さっぱりしていてウマい!
ここでシミケンくんとお別れ。彼はインドの東部へ行くようです。
彼は心に残る言葉を言っていました。
「今じゃない。先を見ろ!」
「焦っていると 大事な事を見落とす」
よく耳にする言葉ですが、言葉の重みが響きました。

別れ際にもらった Rs10で作ってくれたお守り。
ジーンときました。一生大事にします。
そのあと僕はバイクタクシーで移動

こんな感じでけっこう走ってます。
畑を通って

南国的な雰囲気が全開でしょ!

この先は海!

アンジュナビーチに到着しました。

赤い大地 GOA
まずはゲストハウスを探しました。

雰囲気が良いババゲストハウスに。

シーズンオフで安い!

ワンルーム Rs250 = ¥500
ゲストハウス周辺を散策しました。

ゴアのベストシーズンは12月〜3月。4月なので日本の9月のような雰囲気。
どこかのレストランの人が残飯をおすそ分け

でも牛は残飯ではなく段ボールを食べてます(笑)
アンジュナの浜辺

断崖絶壁に並ぶレストラン

アンジュナビーチのタクシー乗り場

タクシーのドライバー

左からムッツリさん、コブラさん。ビッグコブラさん、僕
そして着陸さん(頭の天辺が滑走路みたいだからだそうです。)
たぶん悪い日本人がつけた名前でしょう(笑)
みんな笑いながら自分のニックネームを紹介してくれました。
ババゲストハウスに戻りました。

住込みの少年 ウィナヨク。

インドの公共施設やホテル・レストランは禁煙のようです。
だから灰皿はテーブルには置いてありません。もし灰皿の
中に吸い殻があると Rs1500の罰金らしいです。
またビーチは治安が良くないから鍵を締めるように言われました。
お互いあまり英語は得意じゃないですが 楽しく冗談をかわしました。
日本に興味津々

日本の物価を教えたらビックリしてました。
ちなみにインドでは 600mmペットボトルコーラは Rs25 = ¥50
カメラも興味津々。いろいろ撮ってました。

江頭2:50 ??
その後ウィナヨクは仕事に戻って植林してました。

曇っていて夕日は見れないですが月が見えました。

夕食はゲストハウスで食べました。

オーナーのシロドカーさんが「I cook for you !」 と言ってくれたので
魚料理をおまかせで。ゴアは魚介類が名物です。

魚とポテトがマッチして絶品 & 感動でした。
次の日はバイクを借りてツーリングに行きました。

地図を購入して、目指すは北の島にある Tiracol Fort(地図左上)

Anjuna Beachより北へ30〜40km(地図左下)
とちゅう Chapora の町で漁師さんがいました。

観光地では見られないリアルな生活が見られます。
そのあと Chapora Fort を見ました。

城跡ですが、特に整備もされていなく荒廃しています。
当時のままの壁が歴史を感じさせます。

海の眺めは最高です!
Chapora の町は何となく落ち着けるので朝食をとりました。

ガーリックサンドウィッチを食べました。
飾り気もなくバターで炒めたスライスガーリック。

この料理が出るのに 15分。シンプルで美味しいのですが、、
いくつかのお寺などを通り

ローカルな道を北上します。

Tiracol Fort へ行くにはフェリーに乗ります。

フェリー乗り場で会ったアンジュナビーチの辺に住む大阪出身の
フカザワくんとアランボールビーチの辺に住む埼玉出身のニラヅカさん

渋いインド製のバイクに乗っています。かっこいい!
島に渡りました。

ゴアのローカル地域でバイクに一人で乗っていると よくヒッチハイクされます。

特に急いでもいないので乗せてあげました。
癖のあるインド英語と和製英語で何とか会話しました。
少し路地に入ると小さな村がありました。

村を抜けるとリゾート地のような景色!

ちょっとバイクを降り散策

ジャングルみたいな所を越えると
海が広がってました。

地引き網かな?

ものすごい量のエビを選別してました。

手付かずの自然な生活が残る、今回の旅で一番のビーチでした。
再びバイクを走らせました。

広い塩田地帯。
またヒッチハイクされました。

片手運転で写真撮ったからかな? ちょっと顔がビビってる(笑)
彼の名前は トカラ

遠い所から通っています。
しかし1時間以上北上しても目的の Tiracol Fort はともかく
島の反対側にさえ着きません。

諦めて戻ることにしました。
南下すると見たことのない景色が広がっています。
でも迷っても島なら海岸線を戻れば帰れるはずです。

しかし道もクネクネして 方向を見失ってきました。
もう一度 地図を見ると、ヤバい感じがしました。
島ではなく隣りの州に来ていました。隣りの州の色が海と同じ色です。
(ピンクの地域の上の部分が隣りの州)
しかもローカル地域なので英語を話せる人もあまりいません。
もう看板しか頼りにできませんが、、

ん??

「コラー」って誰かにツッコんで欲しい看板です。
この看板に至っては 迷った僕を嘲笑っているようにしか思えません。

けっこうマズい状態です。地図も範囲外でわかりません。
知恵をふりしぼりました。
ゴアはインドの西側なので太陽が右に見えれば南下していることになります。
時間と太陽の角度を頼りに走ること1時間、英語表記の看板を発見!

直進が PANAJI、右がARAMBOL。
何となく覚えていた地名を確認でき およその位置がわかりました。
「オアシスを見つけた気持ちってこんな感じなのかな」って思いました。
帰りは何故かフェリーを使わずに アンジュナビーチに戻りました(笑)

少し休んでから毎週水曜日にやっているフリーマーケットへ

かなりの規模です。

ライブもやってます

定番のお土産から

世界のトランスの発信地 GOA のCDショップ

ケーキなど多種多様のものが売ってます。

インドは釣り銭をが嫌いな人が多いです。
ここでもエクレアを Rs60で買ってRs100 出すと
「チョコもセットで買え」と言われました。「いらない」というと
「家に持ち帰って食べて」と。
少し口論になり 頭にきたから「何もいらない」って言うと
渋々釣りを出してきました。
タロット占いもやっている人がいます。

夕日と犬。

う〜ん犬が暗い。写真は難しい。
帰りは日本人ターゲットのゲストハウスを発見!

かなりの日本好き。地震のことなど いろいろ話しました。
夕食は海辺のレストランに行きました。
ビールを飲んでいると隣りの人に声をかけられました。

スーダンから来たムハンマド 22歳。
5ヶ月前までは英語を全く知らなかったようですが
聞いた事をすぐに調べたり、1日5単語づつ覚えたようです。
英語のレベルは高く、「君ももっと勉強しな」って言われました(笑)
ちなみにスーダンの平均月給は $500くらいだそうです。
彼のゲストハウスにもお邪魔しました。

この狭いベッドにルームメイトと2人で寝るようです。
自分のゲストハウスに戻りました。

カシューナッツやココナッツから造られた地酒 フェニ。
この時期はロシア人が多いようです。また声をかけられました。
アレックスとジュリアン。来年に日本の桜を見に来るようです。

話しを伝えることは大変だけど とても楽しい。
もっとレベルの高い英語の必要性を感じました。
バナラシーからデリー空港に着き飛行機のリコンファームをするため
GoAir というインドの格安航空会社を探しました。












































しかしながら国内線と国際線のターミナルは6kmも離れています。
かなり時間がかかり辿り着きましたが、必要なかったようです。
それからデリー市街のコンノート・プレイスを目指し
エアポートバスで移動しました。
バスを降りたらゲストハウスを探すことと、翌日にデリーの市街地を
散策したいので DTTDC(デリー観光開発公団)を目指しました。
しばらくすると南インドのビジネスマンに声をかけられました。
とても楽しい人で いろいろな話をして、「これから DTTDC に行くんだ!」って
話しました。すると「DTTDC は反対だよ」って反対方向を指差しました。
「ダンニャワード=ありがとう」と言って、反対に進み出すと
ワンテンポ遅れて「連れて行ってあげるよ」って言われました。
親切な人だと感じ 連れて行ってもらうことにしました。
しばらくするとマクドナルドがありました。デリー市街の地図をみると
DTTDC とは明らかに反対方向です。違和感を覚えましたが、
世界のマクドナルドなので「新店舗かな?」と思いました。
DTTDC に着くとドアマンが出迎えてくれました。(写真は翌朝です)

少し日本語が話せるスタッフが対応してくれて安心しました。
まず政府公認のデリーガイドマップをもらいました。
そして近くに Rs800=¥1600 以下のゲストハウスはあるか聞くと、
「大丈夫」と。 一先ずこの日の宿の問題は解決しました。
次に デリーのお勧めスポット を聞きました。
すると「ジャイプール(Jaipur)は行った?」と聞かれました。
「行ってない」と答えると、
「それはもったいない。デリーを見るよりジャイプールに行くべきだよ!」と。
ピンクシティと呼ばれ、とても綺麗な町であることは知っていました。
しかし観光地よりインドの生活が見たいので「デリーが見たい」と言いました。
すると より日本語が堪能な人が出てきました。
片手に計算機を持ち2人でジャイプールを勧めてきます。
計算機には宿、移動費など込みで 140 と表示されました。
Rs140 = ¥280 安すぎない? US $140 = ¥11500 です。
高いから断っても、「せっかくインドにきたのに?」と
次第に政府公認がこんなに押しが強いことに疑問が出てきました。
1時間くらい勧誘されつづけたでしょうか「ジャイプールには行かないから
今夜のゲストハウスを紹介してくれ」と言いました。
しかし電話をしても「繋がらない」と。おそらく本当は電話していないでしょう。
その間もジャイプールを勧誘しつづけられました。
飛び出すように DTTDC を出ると、タクシーの客引きに囲まれました。
「うるさい!お前らには頼まない!」って叫びながら帰りました。
そう、偽物の DTTDC だったのです。
本物の政府公認と 500m位しか離れていない所に 同名の旅行会社があるのです。
南インド人もグルです。とても自然に接してきて気付きませんでした。
その後はオートリキシャーを捕まえて メインバザール(駅前)に行きました。
すぐに優しそうな老人に宿を勧められたのでゲストハウスは見つかりました。

小さなゴキちゃんが いっぱいいました。
ちなみにトイレはこんな感じ

バケツに水を溜め右手で桶を持ち、不浄の手とされる
左手でお尻を洗います。
1回目は非常に緊張しますが、すぐに慣れました。
ウォシュレットより短時間できれいになりますよ!
(もちろん日本では紙を使うので避けないでね♡)
精神的にも疲れた1日だったのでゲストハウスの屋上で
ご飯を食べることにしました。ビールとターリーを注文しました。
しかしビールが出るまで30分、更にターリーが出るまで15分。
どこのインド人も急かすと「5分待って」と言いますが
インドタイムなので2〜3倍位は覚悟しましょう!
ゲストハウスを紹介してくれた老人の笑顔が心に響いていたので
チップをあげようと外に出ましたが、既にいなくなってました。
しばらくすると、子供に声をかけられました。
22時を回っていて時間帯的にも怪しいので 無視していましたが
妙に新聞を体に当てて付きまとってきます。
『ハッ』一瞬何かを感じました。
その子は僕のカーゴポケットに手を入れる所でした。
南国の太陽のように優しい僕もキレました。
周りの人も何事かと駆けつけてきましたが 路地へ逃げられました。
この日はいろいろあった一日でした。
次の朝は町を散策しつつ

軽く朝食を食べて

本物の DTTDC に行きました。

う〜ん、こっちの方が偽物っぽいかな(笑)
世界的にも有名な少し遠いカレー屋に行くことにしました。
途中、デリーのインド門に立ち寄ったり

歴史的に価値がありそうな建物を散策すると、

いつもは「我先に」と忙しいインド人が 整列しています。

軍隊にガードされ インドのファーストレディーが通っていきました。

ちなみに準軍事国のインドには軍隊に関する写真はNGのようです。
この写真も注意されました。
カレー屋の近くでオートリキシャーを降りました。

路上で寝ている人が多い地域です。
活気があり生活感のある町で

旅行者として見られません。

そんな町の路地に KARIM はあります。

高級店のようで 客層が明らかに違います。
入り口でビーサンをチェックされましたが入店できました(笑)
名物の"羊の脳みそカレー"はカニみそのようにクリーミー。
"マトンカレー"も激辛なのに味わい深くおいしかったです。
その後、大型デパートのをブラブラしました。
テロがあった影響か、デパート入り口もセキュリティチェックがあります。
そして コンノートプレイス に戻ろうとすると オートリキシャーが
なかなか捕まりません。やっと捕まえても断られたり、メーターを
回さなかったり大変でしたが、なんとか乗れました。
コンノートプレイス に戻り ヨガセンター に行きました。

一日体験をしようとしましたが、日程が決まっているようで できませんでした。

ここのセンターの人が言ってましたが、ヨガは体調の
変化が起こるので 一日のみはお勧めしないようです。
ゲストハウス近くまでは自転車リキシャーで戻りました。

初めはボッタクってきたのに、この ドヤ顔!

いい人でしたよ(笑)
えっ 男同士?

別にそっち系の人ではありません。インドではよく見られる光景です。
スパイスを買ったり

メインバザールを散策しつつ

酒屋に行きました。バナラシーと違い デリーは手に入ります。

酒屋のおっちゃん

インド人はカメラがとても好きです

「俺にも撮らせて」と撮られました(笑)
強そうなビールを購入!

しかし炭酸がありません。バナラシーの記憶が蘇りました。
とあるレストランで 欧米人が「料理とビールを一緒に持って来い!」
と返品した開栓済みのビールに栓をして冷蔵庫に戻していました。
おそらくその手のビールでしょう。「ベリーコールド?」と聞いたのに
とても温かったです。
口直しに近くのバーに行きました。

やっぱりインドのビールは KING FISHER かな!

デリー駅前は大勢の人が群がって14インチくらいのテレビに夢中!

インドは映画や音楽が一番の娯楽ですね。
次の日は アーユルヴェーダ に行きました。

狭い路地を抜けるとありました。

本物のドクターがやってくれます。

棚いっぱいの薬

独自の治療方針

始まる前はお香を焚いて儀式を行います。

実際に治療をしてくれた方々

全身のマッサージが終り眉間にオイルを垂らすと、あっという間に
眠ってしまいました。
オイルまみれの頭を拭いてもらい、髪をとかしてくれました。

う〜ん 七・三 ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ
路地の子犬

仮眠中かな?

デリーの旅行会社では日本人の結婚式が行われていました。

見た目以上に衣装は暑いようです。

新郎のサプライズだったようです ( ;∀;) イイハナシダナー
カフェでは欧米人の後ろでインド人の老夫婦がチェスを楽しむ

インドでは Limca を飲もう!

ライムの爽やかな味
インド人は クリケット に夢中!

主に都心で流行っているようです。
インドの女性は サリー を来ているのでバイクをまたげません。

みんな横向きでステップに足を乗せます。
とある デリーの日常。

夜行列車で およそ10時間





































。




































3段ベッドは低いので、座ると頭が天井につきます。


トイレは当然のように紙はなく垂れ流しです。

到着時刻が近いのでベッドを座席にセットアップしました。

早くも顔が疲れてます(笑)
車内販売のチャイ。今回のベストチャイです。

インド人は親も子も当たり前のようにゴミを捨てます。

悪いという意識はないようです。もしかしたら
掃除の職が増える、そういう文化なのかもしれません。
そんなこんなで バラナシー(VARANASI)に到着。
2時間遅れですがインドでは当たり前のようです。まさにインドタイム
ここは河そのものがヒンズー教徒の女神として神格化され崇められている
ガンジス河があります。

この駅から乗る人は出発している電車に飛び乗ります。


ドア閉まってるのにどうするんだろう??
駅内の人の多さはハンパない!

あらかじめ予約しておいたオートリキシャーに乗ります。

フロントガラス越しの人の多さに注目!
気付いた人もいるかもしれないですが、サイドミラーは室内です。
普通車もミラーは畳んでいます。レースではないのに、ものすごい接近戦!

リキシャー後ろのバイクのオヤジ。全ての車は走行中ですが
このあと普通に対向車との間をすり抜けていきます。まさにゲームです。

たまにゲームオーバーになりそうになります!
中心街はオートリキシャが入れないので歩きます。

路地裏まで人やバイクがすごい!

当然 牛や犬もいます。

バラナシーではガンジス河沿いの綺麗な GANPATI GUEST HOUSE に
泊まりました。

眺めは最高 ( ・∀・)イイ!!
階段を降りればガンジス河です。

すこし腹ごしらえをしてから

ガンジス河(Ganga)を歩きました。

道が複雑なので初日はガイドをつけました。
建物の雰囲気がスゴいです。

あらゆる所に バナラシーの神である シバ がいます。

ちなみにオレンジはバナラシーカラーです。
ガート。岸辺から階段状に河水に没している堤のことで
沐浴する場として使われます。

ここのガートのデザインは日本の紅白みたいですね。
こんな裏にも シバ が!

19:00 からは プージャー(礼拝)を見ました。

無数のロウソクに照らされた一帯は劇場のようです。
人も多く祭りのようですが、毎日行われています。
夜の町を散策して


ご飯を食べに行きました。
バラナシーでは なかなか冷たいビールが飲めません。
インドはライセンスが高いらしく酒屋が少ないです。
潜りでやっている所があり、メニューにはないので店員に
直接交渉します。

ここ ZEE では飲めます。Rs150 = ¥300
インドの物価で考えるとビール1本が¥ 1,000以上の価値かな?
おじいちゃんのタブラーがとてもいい音を出してくれます。
笑顔も最高です!
人気のない帰りの路地は迷いそうです。

次の朝は夜明け前に起床。

徐々に空が明るくなってきました。

少女が花を売りにきます。
花はガンジス河に流します。

暗いガンジスを照らします
海のような大きさを感じるガンジスの日の出です。

一日のパワーをもらえる気がします。
岸では沐浴する人

瞑想する人

様々にガンジスへアプローチしています。
その様子を撮るツアー御一行様。

その御一行様に群がるお土産屋

「宝船か!」ってツッコミたくなるほど積んでいます。
しかも「何でやねん」、「ドドスコ」、「そんなの関係ねぇ」など
日本語から多国籍な言葉で攻めてきます(笑)
そんな所もリアルなガンジスです。

昼間は寺院を巡りました。まずは ヒンズー大学 へ
ゲートを通るとバナラシーの町から雰囲気が一転して平和で
穏やかな雰囲気に包まれます。

スタジアムのようなサッカー場やテニス場、とても巨大なキャンパスで
一つの町のようです。
そんなキャンパス内に ヴィシュワナート寺院 があります。

喧噪としたインドを忘れさせてくれます。
次はシバの妃の ドゥルガー寺院。真っ赤です。
。人気アイドルのコンサートのような熱狂ぶり。熱心なヒンズー教徒が
「我先に」と礼拝しています。
神様が全てのような本物の宗教を感じました。
寺院の人に呼ばれて ティラカ を装うしてもらいました。
「ナマステ」といって Rs10=¥20 渡すと
「ベリースモール。みんな Rs1000=¥2000 払ってるぞ」と。
お寺って そういう所ではないでしょ!!
昼飯はタンドリーチキン

「う〜ん 香ばしい」
ちなみにここ Ganga Fuji Home でも冷たいビールを飲めます。
バラナシーではネットを活用してビールを探します。

後ろのオバさんたちは僕たちがビールを飲んでいるのを見て
「ビールあるの? メニューにはないけど。」と。
教えてあげると 3日間ぶりにビールを飲めたようでテンション高かったです(笑)
その後は マニカルニカー・ガート へ行きました。写真はNGです。
ここは火葬場で24時間休みなく煙が上がっています。
初めは薪だけかと思いました。しかし布に包まれた頭や足が見えました。
目の前5mで人が焼かれています。遺灰はガンジス河に流されます。
日本では火葬の時に泣くことが多いですが、ここでは誰一人泣いていません。
見入ってしまうと同時に、何か憩いの場のようにも感じられました。
何と説明したらよいか わかりません。初めて感じる気持ちかもしれません。
ヒンズー教徒にとって この地で最後を迎えるのは最高のことです。
近くには死を待つ人が多数いるようです。
ガンジス河はどんな大罪も洗い浄め、よりよい再生を叶えてくれる
聖なる河として崇められています。
夜はまた町を散歩しました。
物売り対策で夜でもサングラス着用。効果絶大です!

物売り攻略法(インド版)
1.サングラス着用(目の動きが読まれません)
2.日本語しか話さない
しかし流暢な日本語で返答されてしまったら
3.死んだ魚の目で 無言で相手を見つめる
しつこい物売りに効果絶大です!
この日も プージャーを見に行きました。

座ってみていると牛が突進してきました。
隣りに座っていた親切なインド人に教えてもらいました。

この日はインドに来て4日目。親切に接してくるインド人は
ボッタクリやチップ、店に来いという人だけで、親切なインド人を
信じていなかった自分がいました。
でもこの人は本当に親切で、物価の相場なども教えてくれました。
名前は聞いていないけど いい出会いでした。
階段で施しを求める人々

インドは富と貧困の差が明瞭で世界全体の構造のしわ寄せが
凝縮されているように思えます。カースト制により 生まれながら
物乞いのため、故意に身体に障害を作る人もいるそうです。
しかし可哀想と与え続けていてはキリがないです。
文化が違うのでしょうがないとは思いますが、実際に手を差し伸ばし
何も言わず当たり前のようにもっていく人もいます。
僕は心に響いた人にのみ渡す一定のルールを作りました。
それにより変に気を使ったりせずに歩けました。
この日の夜も ZEE へ行きました。

バナラシーで TATOO屋を経営している人。
少し話しましたが親切な人でした。
次の朝も日の出前に起きガンジス河へ行きました。

そして泳ぎました。けして綺麗な水ではないですが とても気持ち良いです。
河に身を委ね、背負泳ぎで空を見上げると雄大な気分になれます。
日が昇ってきました。

子供たちはカメラに群がってきます。

前日に買ったパンツをガンジスで清めました。

となりでは兄ちゃんが体を洗ってます。

何でも受け入れる母なるガンジスです。

この日も マニカルニカー・ガート へ向かいました。

途中の壁はアートです。

牛糞も干してあります。

壁材にしたり燃料にしたりするようです。
火葬場内は写真NGです。
前日と同じように近くで見ていると「ここは家族スペースだから上へ」と。
このエリアは毎日のように観光客絡みのボッタクリが起きています。
巻き込まれたくないので遠くで見ることにしました。
そうしたら また「ここは家族スペースだから上へ」と寄ってきました。
いつもは地中海のように穏やかな僕も「うるさい!ここは関係ないだろう」と
ブチギレました。そうしたら いつの間にかいなくなりました。
その後近くまで行き直接交渉しました。
癖のある英語で何を言っているのかわからなく、集団で近距離で
話してくるから怖いです。しかも目はマジです。
でも東洋の端の国から来た僕たちにとても興味があるようで
「津波は大丈夫か?」「お前の宗教は何だ?」って聞いてました。
いろいろなボッタクリの人もいるけど、ここの火葬場の見学は自由です。
その後、実家の壁飾りを買いに行きました。

ヒンズー語で名前を刻んでもらいました。
そして、またガンジス河に向かいました。

ゴミを捨てる人も多いけど掃除をする人もいます。
ココナッツかな?

穏やかに迎えてくれるガンジス河

壁飾りを清めました。

隣りの人は洗髪中。
インド人は金色のアクセサリーが好きですね。

快適な時間を過ごせた GANPATI GUEST HOUSE をチェックアウトし

路地を歩いていくと、何か左に気になる人が!

礼儀正しく挨拶してくれました。

心に響いた一人でした。
路地を抜けて

オートリキシャーに

ボッタクってきたので「バイバイ」と去っていくと
どんどん値を下げてきたので交渉成立!
スーパーマリオのような風格で、かなり強引な運転。

他のリキシャーをブッチギリます。

牛も抜いて行きます!

途中一人乗車!?

インドではリキシャーの相乗りは普通に行われます。
日本のタクシーでは考えられないことですね。マックス7人も乗りました。
バイク3人乗りもよく見ます。

子供も合わせて4人乗りも見ました。
そして またまた相乗り!

インド版ノビタくん
ホコリがスゴいのでマスク着用。

もう少し大きくなったら強盗団を結成します(笑)
バナラシー空港はとても綺麗ですが飛行機まで5分くらい歩きました。

電車は2時間遅れたのに飛行機は20分前に離陸。インドタイム要注意です。
デリー空港の不気味なオブジェ

トイレは妙にリアルですね。

今が自分にとってベストタイミングであろう、、呼ばれた気がしました。
ハマる人とハマらない人が両極端に分かれると言われているインドに
行ってきました。
まずは AIR CHINA にて成田を出発しました。
すると白い山々、諏訪湖や北アルプス上空を通りました。

上空から見たのは初めてでしたが、天気もよく とても素晴らしい眺め。
トランジットは 北京空港(BEIJING)
よく意味はわからないけど 尚之旅 の看板を発見!
幸先の良いスタート(笑)

待ち時間は3時間。空港をウロウロしていると
フリーのインターネットやXboxを発見。
搭乗時間20分前まで遊んでトイレから出ると
スゴい形相の中国人が何か言ってる!
飛行機を聞いているようなので 「AIR CHINA」
というと「You are last One」と Σ(゚◇゚;)マジデッ!?
飛行機までバスで行くようで、乗り遅れるところでした。
おかげ様で FirstClass 用のバスで飛行機まで移動 v( ̄Д ̄)v イエイ
エコノミークラスには 如何にもインド人らしい人たちで
インドの実感が沸いてきました。
デリー空港(DELHI)には現地時間 1:00 AM に着きました。

インドとの時差は3時間半。時差は1時間単位かと思いきや
30分単位の国もあるのですね。
夜中に初めての国なので 迎えに来てもらいました。
ハンス・ラージ(21歳)。

次の朝が早いのでホテルに着き日本円(¥)をインドルピー(Rs)に
両替して即寝ました。
次の朝は 5:00起床。修学旅行より早いです ;´Д`
まだ日が昇っていないのにオートリクシャー(インドの小型オート三輪)の
台数がハンパない。それに水は汚く、犬や牛がウロウロしている!
駅前は横断歩道などなく交通量はとても激しい。
駅に行くには旅行カバンだと至難の業でしょう。絶対にバックパック!
いきなりインドワールドに突入しました。
電車に貼ってある名簿を確認して乗車。

まさかの2時間後ろ向き乗車。(対面は車両の真ん中だけ)
本日の目的地は アーグラー(AGRA)
ここにはインドといったら誰もが思い浮かべる タージマハル があります。

駅のホーム内に牛や犬は普通にいます。
いくつかのスポットを見るためにバックパックを預けてから
政府観光局のツアーに申し込みました。
ツアーバスがスタートすると、溢れんばかりの車。

車線など関係無しで隙間があれば即入っていきます。

町は汚いしゴミもすごいです。
さらに牛。

インドの人口の8割を占めるヒンズー教にとって牛は
最高神のシヴァの乗り物であるので大切にされています。
インドの交通情報で「牛による渋滞」があったりして(笑)
実際はイスラム教などの別の宗派は牛を食べるため
牛の数は増えすぎないよう保たれるようです。
さて まず向かったのは ファテープル・スィークリー(Fatehpur Sikri)
世継ぎに恵まれなかった皇帝が、この地の予言者によって男児を授かった
ので首都を移転させた都です。
水不足が原因で 僅か14年しか使われなかったようです。

中庭を通り抜けると
貴賓謁見の間(ディーワーネ・カース)があります。

赤!! 石で作られています。
ここで王が貴賓や賢人を迎えいれたそうです。
柱の彫刻がすごく立体的!


現代に比べ道具も発達していなかっただろうと思われますが
素晴らしい柱です。
次は パンチ・ハマル(五層閣)です。

建物前の中庭には大きく十字形に方眼が刻まれており
ここでハーレムの女性たちを駒に見立てたチェスを王が上から
眺めるための施設だったそうです。(どんな施設だ!)
建物は吹抜け構造で、ここの下はとても涼しいです。

インド人も涼しくて寝てます。
さらに奥に進むと ジョド・バーイー殿 があります。

四隅の部屋は皇帝の夫人の館や宝石部屋だったようです。
典型的な日本人観光客を発見!

あらゆる観光地で見られるシーンです。
インド人も携帯カメラをよく使ってます。

こちらの柱の彫刻も素晴らしい
宮廷地区からモスク地区に移動すると ブランド門(勝利門)があります。
ここは礼拝堂なので靴を脱ぎます。

しかし直射日光で熱せられた地は フライパン状態!
帽子の上に立ち、何とか勝利の門を見ました。一見の価値ありです!
中庭からのブランド門

予言者と、その孫の墓

この都は僅か5年で作り上げたようです。イスラム教とヒンズー教
の文化的融合を理念としているため、建築も各々の技術の融合です。
昼飯はチキンマサラとビルヤーギー。
そしてインドのビール King Fisher !

となりの席はイスラム教の方で禁酒のようです。
つぎは アーグラー城(Agra Fort) に行きました。
バス内でエレクトロニックス(携帯やデジカメなど)は禁止だから
バス内に置いていくように言われましたので写真はありません。
タージマハルを作らせた皇帝 シャー・ジャハーン が息子によって
幽閉された ムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)があります。
ここからはタージマハルがよく見え、その後ろを流れる川の対岸に
黒いタージマハルを計画していたようです。
ディーワーネ・アーム(一般謁見の間)は中央の音が全体に広がるように
建築されています。
最後は本日のメイン タージマハル(Taj Mahal)です。
タージマハルは皇帝 シャー・ジャハーン が王妃のために22年かけて作った
巨大な墓です。白い大理石で完璧な左右対称の建物です。
厳重なセキュリティ?? を通ります。

同様にエレクトロニックス禁止と言われましたが、アグラ城では
みんな持っていたのでデジカメ持参で。全く問題ありません。
入り口のゲートをくぐると

スゲ━━━━━━ヽ(゚Д゚)ノ━━━━━━!!!!

後ろには何も建物がなく浮かんでいるようです。
つまんでみました。

つまむポーズは全世界共通です。

この地は アーグラー(AGRA)

日本代表としてアグラをかきました (・∀・)イイネ!!
インド人もいっぱい観光に来ています。

内部は王妃とシャー・ジャハーンの棺が葬られています。

内部は王妃とシャー・ジャハーンの棺が葬られています。
外では犬も安心して寝てます。

無事にツアーを終え解散すると、バックの鍵が逆になっていることに気付きました。
アグラ城とタージマハルはエレクトロニックス禁止と言われたので、携帯などを
バックにいれてバスに置いていきました。
ガイドに「バックを置いていくのは不安だ」と言いましたが、「見張り番が
いるから大丈夫」と。
気付いた時は既に遅し、分散してもっていたお金¥13,000が抜かれてました。
おそらく見張り番でしょう。もしかしたら「バックを置いていけ」と過度に
言っていたガイドもグルかもしれません。
お金を全部持っていかないのも、すぐにバレないためでしょう。
すぐに政府観光局に行きましたが、「ポリスに行ってくれ」と
政府観光局のツアーでも気を許してはいけません。全て自己責任で!
まあ全部失わなかったことが幸いです。
その夜は大衆食堂にいきました。

水を出されましたが、さすがにコレは一滴も飲めません。
インドの定食 ターリー(Thali) Rs30 = ¥60

かなり大盛りで腹いっぱいになります。
カレーはスープ状で右手で食べました。右上がイモ(ウマい)
白いのがヨーグルト水みたいな薄味。カレーに合う!
その後、駅へ向かいました。電車はもの凄い車両があるので焦ります。
事前に寝台を予約していたのでOKですが別の車両は すし詰状態!

夜行列車で次なる目的地へ。。
